HOME > インターナショナルメディア学院の思い出

インターナショナルメディア学院の思い出

(注意)インターナショナルメディア学院の思い出は、知人のものです。

アニメが好きでどうしたらアニメに関する仕事に就けるかなと考えていた時に頭に浮かんだのが、声優という職業でした。そんな簡単な気持ちで成功するほど甘い世界ではないということもは少しは理解していましたが、興味を持ち始めてからは他の仕事には就きたくないと思ってしまうほど強い気持ちになったので、頑張ってみようと決めました。

その時にどこで学べば良いのかと調べた中で良いと思ったのが、インターナショナルメディア学院てした。

専門学校ではなく養成所ということもあり、人数が少ないということから詳しく教えてもらうことができるかなと思いました。無料の体験に行ってみたときに、こんなに楽しそうな世界があるんだと思いインターナショナルメディア学院に入ることを決意しました。

入ったばかりの時はわからないこともたくさんありましたが、実際に自分がアニメを見て聞いていた声の人が教えてくれたりと、本当に楽しい世界だなと思うことばかりでした。しばらくしてからは、発表会があったりと仲間と一緒に協力していことも、今までこんなに真剣に取り組んだことはなかったなと思ったので良い経験になりました。その中でもオーディションを受けたり養成所にいながらいろんなことをしました。

普通に生活していては、絶対に知ることができなかった世界だったなと思うことばかりで全てが新鮮で、輝いて見えていました。

でも、なかなかうまくいかずこの中でもごく僅かな一部の人しか成功していかないんだろうなと思ってしまうようになり、やる気が起きないというときもありました。何故アニメの世界に携わりたかったのかということや、どんな声優になりたいかということを考えてみたり、講師や仲間と話してみることで再びやる気も取り戻すことができました。

養成所にいたときは、生活はあまり裕福にできていたというわけではなかったし、大変なこともたくさんありましたが仲間もほとんどの人が大変な生活の中で夢に向かって行っていたので助け合って頑張っていくことができました。講師の人も、ただ教えるだけではなく話しも聞いてくれてアドバイスもしてくれたりと、とても親身に対応してくれていたなと今考えると本当にすごいと思います。

声優として働き出しても、本当に活躍できてみんなが声を一度聞いたことがあるという人はあまりいないことや、働き出しても決してギャラが良いわけではなく厳しい世界だということもインターナショナルメディア学院に入ってから分かるようになりました。最初は声優になったら簡単に稼ぐことができると思っていたので、現実とのギャップもありましたがそれでも頑張りたいと思っていました。

でも、その後実家の状況が急激に変化し声優としての夢を追いかけている場合ではないという事態になり、実家を放っておくことはできないので普通に働き稼がなくてはならないということになり実家に帰りました。声優としての夢を応援してくれていた周りの人には、本当に申し訳ないことをしてしまったなと思っていますが、いつか必ずもう一度夢に向かって頑張る機会を自分に設けようと思っています。年齢に制限はないし、定年退職という言葉も存在していない業界だからこそ、夢もあり希望もいつまでも捨てる必要はないということもインターナショナルメディア学院に入って学ぶことができました。

大変なこともたくさんありましたが、あの時に頑張ったことは今でもいい思い出だし、今後も自分の人生の糧になっていくだろうなと思っています。きちんと考える能力が身についし、諦めないことも学べましたが友人や人間関係の輪が広がったのもインターナショナルメディア学院に入ったおかげです。

⇒ 声優の生き様Topへ

ページトップへ戻る
Copyright(C) 声優の生き様 All Rights Reserved.